根岸共同墓地

横浜市中区大芝台の根岸共同墓地を訪れた。
明治10年設置。 1901(明治34)年、横浜市に編入された“かつての根岸村”から委託された 複数の花茶屋や寺院が現在も管理している。

2023年12月18日


概要

名称:根岸共同墓地
設置時期:明治10年
経営主体:横浜市(現在各寺院に委託されている)
現在管理している寺院:
①増徳院(高野山真言宗純別格本山)
②圓大院(日蓮宗)
③東漸寺(高野山真言宗)
④大圓寺(日蓮宗)
⑤西有寺(曹洞宗)
⑥浄光寺(時宗)
⑦蓮光寺(真宗大谷派)
⑧蓮馨寺(日蓮宗)
形式:共同墓地
宗教・宗派:あり
所在地:神奈川県横浜市中区大芝台
施設:水場・茶屋・葬儀場

概要と歴史

安政六年の横浜開港してから、半農半漁の百戸余りの横浜村から国際都市へと町づくりをし始め、横浜の近代化に貢献し、努力して来た多くの旧横浜村の方々や来浜した方々が埋葬されている共同墓地です。碑銘に刻まれている様々な言葉は、横浜の歴史を研究するのに貴重な資料です。
現在の墓地の一帯はかつて久良岐郡根岸村の字名の相沢であったため、根岸共同墓地の通称は相沢墓地となった。明治39年頃は地名は塚越と大芝だったが、現在は全部大芝台になっている。これは墓碑の中にも刻まれている。明治の初期に金沢区釜利谷から移って来た青木一家が墓地を管理している。
各寺院墓地のおおよその分部状況(平楽側から見た場合)、右の丘は増徳院の墓地、のちに一部は蓮馨寺の墓地となった、その左の谷は東漸寺の墓地、その上の丘は西有寺の墓地、谷の下、右の青木茶屋の前から谷の左側の斜面に蓮光寺の墓地がある。真ん中の青木茶屋の前から旧火葬場までは増徳院の墓地、旧火葬場の右側に浄光寺の墓地、左側に大圓寺の墓地、その丘の上は圓大院の墓地、その左奥は西有寺の墓地、そこから左、山元町よりに広がる広大な墓地は蓮光寺のものである。
墓の総数:約4000基

出典:港石材HP



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