鼻欠地蔵
鼻欠地蔵は六浦道沿いに造られた磨崖仏で『江戸名所図会』にも挿絵がある。現在は風化して輪郭を見ることができる。
鼻欠地蔵(はなかけじぞう)
崖に彫り込まれた像の高さが4m余りのお地蔵様の磨崖仏で、風化して鼻が欠け落ちているため、このように呼ばれました。いつごろ、だれが彫ったかはわかりません。
江戸時代に出版された『江戸名所図会』には、この地蔵の挿絵があり、やさしそうな顔立ちや膝元で組んだ手などが描かれていますが、今はその輪郭を見ることができます。また、江戸時代の地歴が書かれている『新編鎌倉誌』には、この地蔵について、武蔵国と相模国の境界にあることから「界地蔵」と言われたこと、この場所から北へ向かう道は釜利谷や能見堂へ通じたことが書かれています。
また、地蔵の前の道は、六浦道と呼ばれた金沢と鎌倉を結ぶ、中世からの大切な道であることから、この地蔵が交通の要所に祭られ、広く人々の信仰の対象となっていたことがわかります。
平成10年3月31日
横浜市教育委員会
2021年5月15日
横浜市金沢区朝比奈町
関連
市民の森巡り 金沢区
https://hamabra4.seesaa.net/article/202105article_38.html
鼻欠地蔵
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BC%BB%E6%AC%A0%E5%9C%B0%E8%94%B5
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